湯沢市御嶽山の地質について(進級論文 後日談)

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このページには進級論文の20年後に判明した 新事実 について書きました。

 

 
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1994年の当時、進論は単独で行うのが基本で、
先生が設定した約5km四方の複数の候補地がありました。
誰がどこを担当するのかはジャンケンで決めました。
私は一番に勝ち、湯沢市北部地域を選びました。

 
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私は堆積岩ではなく、火山岩地域を担当することを望んでいました。
なぜこの地域を選んだんのかと言うと、このフィールドの南西に 御嶽山 という
少し高い山があり、これがどうやら第三期の火山岩でできているらしく、
面白そうだと思ったからです。

 
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火山岩の出る地域なので、
私の指導教官は岩石学者の丸山孝彦先生になりました。

調査は7月から8月にかけて約3週間行いました。
フィールドの近い4人で十文字町(当時)の施設に寝泊まりし、
3人が各自のフィールド調査に行き、残りの一人は休息日&食事係として
炊事をするローテションで調査生活を送っていました。

 
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9月に入ってからも薄片観察をしつつ、
不明な部分を明らかにするために、たびたびフィールドに行き、
すこしずつ調査を進めました。
そうして12月頃にようやく、上に示す地質図が完成しました。

 
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御嶽山の周辺は狭い地域に多くの種類の岩石が露出する難しい地域で
構造発達史を考えるのに苦労しました。
また、御嶽山の地質はそれまでに秋田県が報告していたものとは
大きく異なることがわかりました。

 
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特に、御嶽山でこれまで見つかっていなかった 石英安山岩 を発見しました。
新しい地層ということで、私はこれを御嶽山層 と新命名することにしました。

 

 
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この御嶽山層なのですが、私は最初 溶結凝灰岩 であると考えていました。
肉眼観察や顕微鏡観察から、溶結ガラスがはっきりと見られたからです。

 
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フィールドから帰った9月頃に考察していたメモにも
はっきりと Welded Tuff と書いているのがわかります(上図)。

 
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実は私は、御嶽山が Welded Tuff と考えられることを丸山先生に話し、
試料も見てもらったのですが、先生にこれを否定されていたのでした。

 
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先生曰く、
Welded Tuffなんて軽々しく言うな!
これはDaciteだ!!と(笑)

 
 
 
 
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なぜなら、Welded Tuffの溶結構造は火砕流堆積物が高温で堆積することで形成されるため
そこが 火山の噴火口付近 であり、かつ 陸上火山であることを意味することになります。
海底火山が卓越していた第三期中新世のこの地域の状況を考えると、
それは 思い切った決断 となってしまうからでした。

 
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指導教官、しかも岩石学者にそのように言われてしまってはどうにもなりません。
私はしぶしぶ、御嶽山層を 石英安山岩 と記載することにしたのでした (笑)

 

 
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進級論文から20年経過したある日、地質学者の藤本幸雄氏が
論文の別刷を持って私の研究室を訪れました。
これを頂いたとき、私はよく見ていなかったのですが、藤本氏が帰ってから
湯沢ジオパーク 御嶽山の地質 と書いてあることに気がつきました。
私がかつて調査した山です。早速読みました。
(藤本氏は私がこの地域を調査していたことは知りません)

 
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読むと、そこには 御嶽山層(新称) と書いてあります。
また 溶結凝灰岩部層 が設定され、
ご丁寧に 「白色斜長石と石英が斑晶状に見られることから
デイサイトと誤認しやすい堅硬な岩相である 」との説明まで書かれていました。

 

ああ、やっぱり御嶽山はWelded Tuffだったんだ!

 

私は20年前にこの地域を調査していたこと、そしてそのとき 御嶽山層 を既に命名していた
ことを手紙に書き、進論原稿のコピーとともに藤本氏に送りました。
それにしても、あの溶結凝灰岩を デイサイト と記載してしまったのは、本当に残念でした。

 

 
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進級論文での地質図と藤本氏の地質図を比べてみます。
自分は徹底的に歩いて、調べ尽くしたつもりでしたが、いろいろと違っていますね。

私の見た溶結凝灰岩は実際には南北方向により広く分布しているようです
また、私の砂岩(水色)は露頭が少なく想像で描いた部分が多いのですが、
これは実際にはほとんど見られないようです。
藤本氏がどこでどのような岩相を見て、この地質図になったのかが気になります。
(新しい露頭ができたのだろうか?)。

自己採点は 70点 といったところでしょうか(笑)

 

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